神奈川県海老名市で創業100年以上の歴史をもつ栄屋製パン株式会社(以下、栄屋製パン)。

製造工程で生じるパンの耳を使った、クラフトビールを発売しました。2024年2月には海老名市内に自社醸造所も建設し、予想以上の反響を得ています。

この新しい挑戦について、新ブランド「Better life with upcycle」を立ち上げた経緯や、アップサイクルに関する考えを専務、吉岡謙一氏に伺いました。

『Better life with upcycle』の吉岡専務と伊藤さん

パン屋がクラフトビールを発売するまでの経緯

――新ブランド「Better life with upcycle」を発売するに至った経緯をお聞かせください。

吉岡専務: 私は30年以上パン屋をやっており、技術的に難しいものも作ってきました。一般的に、工業製品は機械の歩留まりや発酵の管理、温度や湿度管理など、様々な変数を許容するために添加物を入れて調整します。しかし、栄屋製パンではほぼ添加物なしで製造しています。

――業務用のパンでも、ですか?

吉岡専務: そうです。業務用だとしてもです。中小企業は、安売りでは戦えませんので、特殊な付加価値をつける必要があります。結果として、そういったお客様が集まってきました。

栄屋製パンはサンドイッチ用のパンを大量に出荷しています。その際にパンの耳を切り落とします。焼き上げると1200g〜1300g弱の重量になりますが、耳を切り落とすと700数十gになります。つまり、全体のおよそ40%は出荷されないわけです。

――フードロスが生じるということですか?

吉岡専務: そうです。フードロスであり、自分たちの努力のロスですよね。毎日温度を測ったり、苦労して積み上げてきたものの一部を捨ててしまう。畜産農家さんに引き取ってもらっているので完全に無駄にはなっていませんが、こちらでは価値がある商品として売られ、他方ではゴミ扱い。この状況に疑問が生じました。

――そこがアップサイクルにつながってくるわけですね。

吉岡専務: ずっと活用したいと思っていました。社内でアイディアを募集したこともあるんです。しかし、なかなか仕組みとして継続できる形が見つからなかったんです。

そんな中、イギリスでトーストエールという活動を見つけました。ビールを作るには一定の原材料が必要ですが、その要件を満たしたパンが毎日うちには出ているんです。これって、日本でやるならうちしかないよね、と。あと足りないのは、ビール造りのノウハウと情熱だけだと、そう思い挑戦することを決意しました。

知り合いのブルワリーもなく、60通ほどメールを送りました。しかし、今はクラフトビールブームも牽引してどこのブルワリーもお忙しいので、返事がなかなか来ませんでした。しかし、たまたまやってみたいと言ってくださるブルワリーが見つかり、 OEMでお願いをしました。

クラフトビール「Better life with upcycle」が発売以降、展示会やイベントに参加すると、予想以上の反響がありました。そこで、自社工場を作るべきだと考えたんです。2024年2月、ようやく工場が完成し、自社生産できるようになりました。

醸造長やスタッフも加わり、コンセプトに熱意を持ったメンバーが集まってくれました。パンの耳を使うことはありますが、食べ物や飲み物を作る身として、ビールが美味しくなければ意味がないので、単純に美味しいクラフトビールを作りたいと考えています。その中で、少しでも社会に貢献できれば十分だと思います。

極論を言ってしまうと僕の考えは、ものづくりを誠実にやったらこうなっちゃった、という感じです。

実は今、ビールに合うパンを試作している最中なんです。パン屋でありブルワリーでもあって、しかも設計から生産まで自社で行えるという強みを活かしたいですね。

自社醸造所を案内する吉岡専務

社会貢献と企業変革の交差点を探る

―― 新規ビジネスを始める際、社内の交渉は苦労しましたか?

吉岡専務: ありませんでした。昭和の時代を生きた人たちは増える時代を経験していますが、僕らの世代は震災やコロナがあり、既存のビジネスだけでは厳しいという危機感がありましたから。

栄屋製パンは以前、給食用のパンが中心でした。私が30歳の頃、給食用パン以外の販路拡大のため、市販パンのOEMに注力しました。

――給食のような行政の仕事を受ける場合は減点思考が求められ、市場では得点思考が求められる、考え方が異なりますよね。

吉岡専務: そうですね。当時の栄屋製パンの考え方も満点から差し引く考え方でした。その状態から社内で変革を作り出すことが、私の役割でした。ある意味、この醸造所がその最たるものですね。

――既存ビジネスに加えて、醸造所もとなると、専務は大変お忙しいですね。

吉岡専務: まあ、でもスタッフと一緒にやっています。みんなでアイディアを出し合い、一緒に考えています。僕の中では、ある種の実験であり、とても勉強になっています。醸造所の自由なカルチャーから良い部分を引き出して、本社にも良い影響を持ち込みたいですね。

――新しい事業を始める際、どのような点を重視されましたか?

吉岡専務: 自分で値段を決められることです。OEMでは、相手が値段を決めるため、労働価値が適正に評価されにくい面があります。経営者としての使命は、自社の労働価値を上げ、社会につなげることです。「Better life with upcycle」は、そうした経営上の意味合いもあります。

継続性と経済は不可分であり、収益を上げて自走できる形態をとらないと意味がありません。ものづくりを誠実に行い、サステナブルであることが重要です。

アップサイクルを謳っていると「じゃあ、缶は使って良いのか?」など様々な問いが生まれます。思想的な観点から一貫性が求められますが、企業として継続できる形も追求しています。サスティナビリティを謳う企業が、サステナブルじゃなければ意味がないですからね。

――専務ご自身は、社会とのつながりを考えることはありますか?

吉岡専務: 年を重ねると、社会人として関われる時間が限られていると感じます。私は大病をし、足に障害を負いました。自分が経験したことを世の中に返すのは、これからだと思います。それは自分にとって存在証明でもあり、関わってくれた人たちへの恩返しでもあります。世の中に少しでも楽しいことが増えたらいいなと思います。

――この商品からは、その想いが伝わってきます。

「Better life with upcycle」の現在と今後の展望

――ここまでの進捗はいかがですか。

吉岡専務: 想定より良いですね。数字はこれからですが、思ったよりもチャンスが多くて面白いです。いろんな展示会やイベントに参加して、予想以上の反響がありました。

流通が固定化されていて、大手量販店での取り扱いは難しいですが、本当の願いとしては店頭で気軽に買ってもらうことですね。限られたエリアで良いので、そういうことができたら良いですね。

―― 地元である海老名市で気軽に飲めたらいいですね。

吉岡専務:そうですね。実は、同じ海老名市内にあるいちご農家、武井農園さんにご協力いただき、新作ビールの開発を進めているんです。武井さんとは以前から親しくしていて、選別する際に除外されたいちごを提供してくださいました。

同じ地元企業として、地域の魅力をPRすることに力を入れたいと考えています。地域の中小企業が元気にやっている姿を見せたいですし、地元での活動を通じて街を盛り上げていきたいですね。

やりたいことは、たくさんあるんですよね。

編集後記

このインタビューを通じて、栄屋製パンの新ブランド「Better life with upcycle」の挑戦に触れることができました。

パンの耳を活用したクラフトビールの製造は、食品ロス削減に貢献するだけでなく、地元資源を活かした地域貢献の一環としても注目できます。

吉岡専務の情熱と、企業の持続可能な成長を目指す姿勢が、この取り組みを支えています。今後も栄屋製パンの創造力と新たな挑戦が楽しみです。

Better life with upcycle|栄屋製パン株式会社様 Official Web Site